Fの日記

桃の風たなびく たまプラーザの丘

4月5日 (木)

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咲きました 咲きました。

たまプラーザ駅前の桜が。 見事なので 写真を添付しますね。

そして 次は桃の写真です。

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横浜市青葉区に こんなすがすがしい桃の名所があります。

ふーみんの家の裏山です。

3月29日 ”サクラ色のたまプラーザ”の中で添付した写真と 同じ場所です。

先月は 梅は満開でしたが、桃はつぼみでした。

それが 咲いたのです。 この強風の中で。

まるで 夢の中にいるような桃色で、異次元にいるようです。

犬の散歩の時に レンズに収めてきましたので見て下さい。

パノラマレンズで撮りたくなるような場所です。

遠くの緑と 春がすみが重なって、幽玄の世界・・・って感じなのです。

 

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2012.04.05

人生の方程式 その2

4月4日 (水)

昨日、私の中の壁を越えるお話をしましたが、

人生には 何度となく色んな壁が現れます。

簡単に超えられる壁もありますが、”わぁー 今度はドでかい!”と

ひるみそうになる壁もあります。

私もそうだったように、壁がどんなに険しく高くそびえているかという事ばかりに

焦点が当たり、人に同情を請うかの如く 夢中で話したりします。

まるで物語のように・・・。

でも結局は、自分が登ると決めた壁の文句を言う ということは、

自分に文句を言っていることと同じなのです。

文句を言い続けて一生を終えるのなら、黙々と 一日一歩でも登る

チャレンジをする方が楽しいかもしれません。

そして、楽しいかも・・・が いや楽しいに変わった時、大嵐が去った後の

今日の青空のように、目の前に忽然と 結果が表れます。

考えることを止めて、欲も得も捨てて、ただ ただ毎日続ける。

できても できなくても。 評価もしない。

そのうち 結果はどうでもよくなる。

その時です・・・大きな 大きな成果があらわれるのは・・・。

 

仮にですよ (でたー ふーみんのエグザンプル その2)

介護の役割が 壁だったとします。

いやだなー いやだなーと思いながら 耐えて続けてたとしましょう。義務感で。

そして この介護されている方が どいていなくなりました。

すると あんなに望んだことなのに寂しくなります。自分の仕事がなくなって。

そして 無力感を感じ、次なるターゲットを求め、実際にやってきます。

「ねぇ 誰か来てー 私、誰かの世話がしたいの」と。

 

無意識・・・ってすごいですね。

義務と我慢で お世話している人の あるパターンです。

そして 気の毒なことに ずっと続く。

 

でも自分の役割として、自分が望んだことなのだから、楽しくやりぬこうと

決めたとします。

すると 不思議なことに、卒業を迎えます。

介護の役は終了。もうやってきません。 人生の方程式 その2です。

 

カウンセリングの中で そのようなお話をすると、

その日のうちに 状況に小さな変化が起こり、出された宿題を淡々とこなす事で、

すぐに卒業を迎えます。

さらに宿題は、ご自分で出されることもあります。

 

勿論、決定ボタンを押した人に限る話ですが。

各人の想いって すごいですねぇ。

これもみんな 自分のお腹で決めた 賜物です。 (方程式 その1)

 

しつこいようですが、もう一度言います。

他人に変えてもらったことは すぐにリバウンドあり!

でも じぶんで押した決定ボタンは、一生変わりません。

人間の力って すごいですね!

 

 

 

 

2012.04.04

超えられない壁

4月3日 (火)

私、ふーみんにも ”超えられない壁”があります。

今日は そのひとつをお話しましょう。

私は、9年前からクラシックバレエを習っています。

子どもの頃にすこしかじり、高校三年生の時に 男性とパ・ド・カトルを

踊ったのを最後にやめてしまいました。

大人になっても 夢を追いかけていいんだ・・・と知ってからは

ずっと楽しく習ってきたのです。

が、3年前に 発表会で、シンデレラのお姉さん役をいただき、

その大役をやり終えて以来、 ”大スランプ” に陥ってしまいました。

”超えられない壁” にぶち当たってしまったのです。

そうなると どんどん深みにはまってしまい、”なんて上達しないヤツなんだろ

私。 ずっと同じ所にいるようだわ。 人はみんな上手になっていて

それは嬉しく思うのに、かたや私ったら・・・” などなど。

しまいめには ”やっぱ クラシックはむいてないんじゃない?

体型的にもムリあるし・・・。 やっぱモダンの方が合ってる?”なんて

思ってしまうのです。

大好きなはずのバレエなのに、大好きなゆき先生なのに・・・。

死ぬまで習う・・・って宣言したのはどこへ?

そして、私の全てを受け入れてくれる仲間がいるのに・・・。

そうこうしているうちに、「スタジオFの」 ヨガ教室 がスタートし、

忙しくなって バレエは少しお休みに。

でも私の中で バレエの位置が決まらず、もどかしい日々が過ぎてゆきました。

 

ある日、バレエのお友達が 私を連れ出し、お話をする機会が・・・。

話しているうちに段々情熱の火がともり、なんかもぞもぞしてくるような・・。

 

ふむ、そろそろ向き合ってみるか・・。

そして、覚悟を決めて 自分に聞いてみたのです。

“あんたは一体どうしたいのかい?”

3年間 超えるのを躊躇していた壁を前に、逃げたくなる私もいましたが、

じっと直視し、心に聞いてみたのです。

 

高校の英語の先生の言葉を思い出します。

何かを学ぶ時、最初はぐんぐんと のびていく。 ある程度上達すると、

横ばい状態が続き 頭打ちになる。

この時が 勝負だと。 まさにここにいるみたい 私。

 

でも はっと気がついたのです。

もしかして私は、壁を越える努力をしていないのではないか。

そりゃ 上達しねぇな! 自分にグチを言ってるにすぎねぇゾ。

よし、いっちょ限界を超えてみるか!

今までも 人がムリと言うことを 平気でやってきたではないか。

そして 誰が何と言おうと通してきた私ではないか。

 

もう立派に息子達も育てあげた。よーく頑張ってきたよな 私って。

今こそ青春、ひとりの女性として 華々しく生きるパイオニア

なろうではないか。

私が先頭きって歩き出さねば、誰があとに続こうか。

いつだって、人がまだ歩かぬ道を開拓してきた私だ。

全ての女性の為にも、見本となる生き方をしてみよう。

 

ふむ、女性の皆さん、更年期症なんて言ってないで、

美しく 華やかな後半世を生き切るため、共に楽しく努力しようではないですか・・・

なーんて思っちゃったのよ。

で、また気をとり直し、そして気を入れ直して、レッスンに

励んでいるふーみんです。 応援してね!

 

2012.04.03

人生の方程式 その1

4月2日 (月)

昨日のつづきより・・・

仮にですよ、気になる人がいるとします。

この人がいなくなれば、問題は解決するでしょうか?

よーく見て 解決したのではなく、見ないような状況をつくっているだけで、

何も変わっていません。

そして 所かえて、また次なる問題が用意されます。

でも よーく見て、自分と向き合い、気にならなくなると、もう この問題は クリアーです。

おめでとう! 本当の解決をむかえました。

その道を、何も考えずに 無になって歩くことができたなら、

すぐに 多くの喜びや 楽しさがやってきます。

 

壁を越える努力をせずに 毎日を過ごす・・・勿論 結構!

でも なーんとなく居心地がわるいのです。

自信がないのは そのせい?

 

そんな時 、一度ためしてみてください。

今までのように 見て見ぬふりをするのではなく、じっと見て そのままにしておく。

そして そんな自分を好きになる。

それで十分! OKです。

 

超えると決めて 生まれてきたこの道のりを、楽しく歩むことこそが

真の喜びではないでしょうか。

 

人に言われたことは すぐに変わるが、

自分のお腹で決めたことは 一生変わらない。

人生の方程式 その1です。

 

今日も楽しく ヒプノヨガ。 ハーブティーは 夢見る蝶ちょ

ジャスミン・リコリス・エルダーフラワー・緑茶

ほんのりと甘く、なかなかグットでした。

居心地のよい 前の場所にまだいたいの・・・と少し甘えて

大空に羽ばたく前に しぶっている蝶を、イメージしてみました。

2012.04.02

ひとつの苦悩と、多くの喜び

4月1日 (日)

こんな風に思うのです。

人は、生まれてくる時に、ひとつの苦悩と いっぱいの楽しさを 携えて

やってくる・・・と。

苦悩 = 目の前に ドーンと立ちはだかる壁

でも 必ず超えらる。 だから 与えられる。 または 自分で選択して、

この世に来ている・・・と。

 

ここで 3つの選択肢があります。

[1] 歯をくいしばって、耐えながら生きる

[2]  逃げる (ぐれる・かわす・暴言をはく・・など)

[3]  距離を置いて じっと見る

 

[1]は なんだかしんどそう。 それに 病気になりそうです。

[2]は 結構本人もきついのです。 一時的には楽になるけれど、対処療法でしか

ない。

[3]・・・これはどうでしょう?

 

[2]と[3]は とても似ているのですが、実は 全く違います。

[2]は 対象の物 (者) を見ていませんが、[3]は 一見何も変わらなそうで、

対象物と向き合い、傍観しています。

実は、これが 一番難しいのです。 でも これができれば、何もかもが

変化するでしょう。

対象物 (人物) を見ているようで、実は 自分自身を観察しているのです。

カウンセリングの役割は、この部分です。

腰をすえ、腹をきめて、共に傍観に付き合います。

人間、なかなか 一人では、自分に向かっていきにくいものです。

だから、時として きつい道のりでもあるでしょう。

腹がたつことも あります。 が、怒ってるわたしと向き合うこと  こそ

怒りを解放する 最も強力な手段かもしれません。

 

 

2012.04.01

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