Fの日記

敬語と敬意

いささか唐突ではありますが、この間の続き、行ってみます。

誤解しないで、耳を傾け、心で聞いて下さい。耳ではなく・・・

 

敬語を使わないから、対等、という訳ではないのです。

ここで言う対等とは、真の敬意をもつということです。

(ややこしい・・・ですか?)

 

だから、敬語を使わなくても対等ではない人と、敬語で話していても、対等な人がいるでしょう。

(ああ・・・もっとややこしいですね、すみません)

 

話の視点を変えましょう。先週ヨガが終わって、お茶を飲んでいる時のこと、

Kちゃんが、何気に話していました。

「最初は、どの人もみんな・・ちゃん って呼ぶことに、すごく抵抗あったの」

ふむ ふむ 今はもうないんだ・・・

 

配置換え・・・ そう、この言葉がピッタリかも です。

 

そりゃ 大変ですよね、今まで、年上の人や何かをおしえてくれる人には、敬意をもって敬語をつかいましょう。

なーんて、教えこまれているのですから。

縦に並んでいたものを、横一列に並び変える時、当然自分の立ち位置も変りますよね。

 

立ち位置が変われば視点が変り、硬直していた考え方が徐々に動き始めるのです

 

対等な関係が築けると、誰かを支配するということは、当然起こらないでしょう。

そこには、常に気持ちの良い風が流れ、自由な空間が生まれます。

愛がはぐくまれ、年上の人を敬ったり、立派だなと思う人に敬意を持つ姿勢が育つことでしょう。

 

自然も動物も家族も、全ての係わりの中で 生命に敬意を払う・・・大切なことだと思います。

 

2013.09.19

対等な関係

今日は台風のおかげで、とても気持ちが良かったですね。

台風18号が、日本列島をなめるように縦断していったのにも、大きな意味があるのではないですか?

昨日のFの日記に、自然との共存・・・ということを書きました。

もう少し突っ込ませて下さい。

 

自然と対話する、わたしが存在するのと同じようにそこに存在していることに、意識を向ける・・・

と、自ずと 声にならない声が聞こえてくる。 ってなことを書きました。

それは、自然と対等な関係を結ぶ・・・ということではないでしょうか。

 

私は、特別にかわいがられたり、持ち上げられたりすることが、あまり好きではありません。

その行為は、決して敬意を払っている訳ではないように思えます。

それどころか、否定することと、ある意味同類のような気がするのです。

 

以前、音楽教室でピアノ等を教えている時に、私の弱点をズバッと伝えてくれる、何人かの

ご父兄がおられました。

その時は、痛っと思うのです。でも、よーく見つめると、その通りなのです。

 

彼らは私に対して、いつも大きな信頼と敬意を、寄せてくれていました。

間に合わせの甘い言葉の代わりに、深い愛をくれていました。

そう、彼らは私と、対等な関係を結んでいたのです。

 

対等な関係・・・

それは、台風が去った後の空気のように、爽やかです。

 

カウンセリングで初対面の方に、「私を先生と呼ばないで」とか「敬語を抜いて喋って!」

とか言うと、「ええつ?」とすまなそうにされます。

でも、予約して、その時間に見合った料金を支払うことで、もう対等なのです。

 

かく言う私も、常に対等な関係が結べている訳ではありません。

日々、卑下していた自分と出会っては、ごめん、ごめん・・・と自分に謝っている次第なのです。

あしからず・・・

 

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ごろーん。 ぼく、 ルルベくん でーす。 じゃね。

 

2013.09.17

タイフー娘

私は、確か第2室戸台風 (だったと思う) の真っ只中に、産まれました。

なので、タイフー娘と呼ばれていました。

台風産まれだけでなく、周りに大風、または大嵐をまくからです。

 

風を変えるエネルギーって、すごいじゃないですか。

よどんでいる空気を、一掃するのですよ。

誰にでもできる事ではありません。

だって、変わらない事の方が、うんと楽なのですもの。

 

でも、それじゃー何も変わらない。空気も関係も・・・。

想いは積もり、やがて溢れ、川や橋は決壊するのです。

 

自然の力の前に、人間は無力です。何もなすすべもなく、呆然と立ちすくむしかありません。

だからと言って、怖いから、神として崇めるのでしょうか?

 

崇めるでもなく、無視するでもなく、自然と共に生きるのはどうでしょう。 共存!

すると、自ずと感謝をし、自然が伝えてくれるメッセージに耳を傾けるのではないでしょうか。

 

ある時は・・・

無理と我慢でいい顔していることが、決して誠意ではない・・・

ちゃんと向き合い、自分も気持ちをしっかり伝えないと、氾濫して水が溢れるよ・・・

というメッセージを。

またある時は・・・

自分の能力を使って大地にしっかり足をつけ、歩き出していいんだよ・・・

古い体制を揺り動かしてごらん!

というメッセージを。

 

それこそが、共存のあるべき姿ではないかと、史乃氏、思うのです。

以上!

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我が家の タイフー娘 バニラちゃん! 元祖 タイフー娘 ふみのちゃん!!

 

2013.09.16

心の葛藤

したいのに、したくない。 やってあげたいような、やりたくないような。

全部捨ててしまってすっきりしたいのに、まだ持っていたい・・・

などなど 人は時として相反する2つの心を持って悩みます。

どっちなのさ! と、自分に文句を言いたくなるような・・・

ちょうど 昨日のFの日記の中に出てくる、なごり世話と同じですね。

 

ビジョン心理学のチャック・スペザーノ氏によると、病気の原因はこの3つである、と

言っておられます。

①怖れ (心配)

②自己否定

そして③葛藤 です。

Fのちゃんは、このチャックさんの説がとてもお気に入りです。 

 

葛藤・・・  この正体は、一体なんでしょう?

捨てたいけど、持っていたいのです。誰かさんのクローゼットの中のように。

えっ?耳が痛いですって? フフフ・・

 

そう、物だけではありません。 肩こり、腰痛などもそうなのではないでしょうか。

例え、大掃除をしても、介護をしたとしても、もしも心から楽しんでやっていたとしたら、

くるでしょうか、腰痛・・・。

 

どこかで無理をし、頑張っているのではないでしょうか。

がんばる・・・我を張る !?

我が怪物となって 怪我をする? ん?

字って うまくできていますね

 

じゃっ、バイバーイ

2013.09.14

なごりぜみ (蝉)

なごり惜しそうに、巷で蝉がか弱く鳴いている季節ですね。

暑かった夏も通り過ぎると、ちょっぴり寂しく切ない気がします。

何故でしょう?

秋が待ちどおしいはずなのに、エエ? もう、夏は終わるんだ・・・と。

 

今日のヨガの、お茶の名前にしました。 なごりぜみ。

少しすっぱくって、少し甘い。つまり 甘すっぱい。

Sちゃんちで採れたレモングラスを、乾かして冷凍したものをたくさん使用。

リンデン、ローズレッド、ハイビスカスなども入れ、甘さはステビアで。

 

カウンセリングでも時折出てくる話ですが、

送り迎えをしたり、家族の世話に追われていて、もう止めたいと思っていたのに、

いざその仕事が無くなると、自分の存在価値はどこに?

まさに、なごり世話ですね。

ちょっと似ているかも・・・

2013.09.13

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