Fの日記

10月10日は写真の日!?

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30代の父 (左上) 愛犬とふーみん (右上)

滅多に被写体にならない父の写真を探すのは大変でした。右が私(下)

 

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2013.10.10

父ちゃんの話⑥ (先生は正しい?)

小学校の入学式 前日の話をしましょう。

父は私を呼び、大切な話があると言わんばかりに真近で顔を見て、ゆっくりと話し出しました。

「入学おめでとう。明日から学校に通うんだね。楽しんできてね。

お父さんからひとつだけ お願いがある。 聞いてくれるかな?」

 

いつもと変わらず 優しい眼差し、ゆっくりしたトーン、そして (例の) 標準語! もう、ナイスです。

「先生の言われることを 正しいと思って聞くのではなく、いいかね?ここが大切なんだ。

(結構間をおいて・・) 先生の言われることは、本当に正しいのかな?と思って聞いてほしい。

先生も 史ちゃんと同じ人間だからね。 いっぱい間違えることもあるんだよ。」

 

私はその時 6歳ですから、48年も前ですよ。ほぼ半世紀じゃないですか。

でも、このトーン、父の真剣な だけど温かい表情を、昨日のことのように鮮明に覚えています。

頭の中の最重要引き出しに私が入れたのでしょう。

先生は正しいよ・・・と言っていないのに、

まだ見ぬ先生という人に対する 敬意のようなものを感じたことも・・・。

父はきっと、先生に対する大きな敬意を持って、私にこの事を伝えたのでしょう。

 

私は、しっかりとこの約束を果たして大きくなりました。

だから先生の悪口を言った事は、ないと思います。 (息子達の先生のことも・・)

不満はありました。でも、これも誠意を持って先生に伝えました。

だから今も、全ての先生に感謝しています。

父のお陰ですね。

 

人は正しくなければならない。 先生は正しいことを言うべきだ。

これは結局 自分を苦しめることになるのかもしれません。

人間だから間違うのは当たり前・・・力が抜けて、素敵な言葉ですね。

おしまい!

 

2013.10.09

父ちゃんの話⑤ (罪悪感バリバリの関西弁)

今日は、①話でお約束した関西弁の話をしましょう。

ほら、また今度言います、言うたあの話です。

 

父ちゃんは、私に甘くて優しい人でした。が、ひとつだけ血相を変えて怒ることがあったのです。

「・・・やな」 「・・・やで」と、関西弁は語尾に ナとデ が付く事多し ですよね。

でもこの2文字を語尾に付けると、ビシッとビンタがとんできます。

「女の子は そんな言葉を使うものではない。」

 

この2文字を使わなければ、関西弁をしゃべるな・・と言うのと同じやない? 幼な心に思いました。

でも彼いわく、「方言は良い」・・・どういうこと? 訳わからん!

そーいえば、父ちゃんは私と話す時 いつもきれいな標準語でした。

 

でもですよ、日記の件でもわかるように、彼はいったん言い出したら引きません。

ここは穏便に 標準語ってヤツを使っときまひょ。

ってなことで私は、常に関東の方から転校してきた・・・という友達と仲良くなり、

「東京からきたの?」 とよく言われたものです。

 

関西弁で話すこと事態に少なからず罪悪感があり、それが完全に抜けるまでに長い年月がかかりました。

だから父の話をする時、その反動なのか ふんだんに使ってみた~くなったのです。

 

親の影響って すごいものですね。

こんなに自由に関西弁でしゃべれるようになったのは、なんと横浜に来てからです。

何かの型がはずれたように感じることも あります

 

それにこちらでは、流暢に関西弁をしゃべる人・・と思われているので、気分いいのです。

種を明かせば 本当はチョーへたくそなのですよ・・・フフフ

 

2013.10.08

父ちゃんの話④ (心のページを検索)

とてももどかしい気持ちです。

悲しい・・・これも違う。 苦しい・・・でもない。 切ない・・・うん、近いかな。

でも別の言葉を探せ って心が言ってる。

う~んと、どの言葉を求めているのだろう、私の心は・・・。

 

小学校高学年から中学にかけて、自分の心がつかめず悩みました。

バシッと文がまとまらないのです。

1ページの日記をつけるのに、2時間もかかる日もあり イライラしてきます。

 

でも、”思い”をあぶり出す事で、心を写す練習を毎日のようにしていたのです

カウンセラーとなって人の話を聞いている時に、頭の中でパラパラとページをめくる音がするのです。

最初はわかりませんでした。何をしているのか。

 

ある時、そうだ!私は心のページをめくっているのだ と気がつきました。

そうなのです。目の前におられるクライアントさんと同じ気持ちを味わったページを、

すごい速さで検索していたのです

 

「ああ・・こう言う気持ちなのね・・・・」

「解ってもらえます? 今まで誰にも解ってもらえなかったの。

今、やっと心が受け容れられた・・・って喜んでる

 

その時、解決の戸口に向かって歩き出されているクライアントさんの姿が映ります。

 

うちの父ちゃんって、すごい!

大きな財産の意味を痛感する 今日この頃であります。

つづく・・・

 

 

2013.10.06

父ちゃんの話③ (父の大切にしているもの)

日記だけではありません。人前でちゃんと自分の思ったっことを言えると、とても褒められます。

学校の成績やテストの点なんて、全く興味なし。 良い点採っても「ほうー」 悪い点は「あら!」

なのに「意見をちゃんと言えなかった・・」なんて言おうものなら、何をしていても向き直って、

「何故言えなかったの?」と訊かれます。 でも、決して怒りません。

お陰で口の重かった私も、しゃべり・・・と言われるようになっていました。

 

合っていようが 間違っていようが、そんなことはどちらでもいいらしいのです。

思うことを伝えなければ、何も変わらない・・・と。

 

また日記の話に戻ります。 起こったことを書くのは、ごく簡単です。でも思った事、感じた事は非常に難しい。

自分の心の裏側まで辿らなければならず、時間がかかるのです。

やがて思春期に差しかかった史乃ちゃんは、反抗的な態度に出ます。

”何故私は、日記を書く事を強制されるのか。とても時間がかかり、寝るのが遅くなって次の日の学校に

支障がある。 第一、他の人はこんな面倒くさい事をやってない”と。

その後も、何回か同じような反乱を繰り返しましたが、父は絶対に引きませんでした。

 

「訳はその内解るよ。これはお父さんの 一生のお願いだ。 頼むから続けてくれないか?

他は何も強制しない。 史ちゃんに残せる、一番の財産なんだよ。

良かったと思える日が 必ず来るから。」

 

その一点張りに根負けし、じゃあ20歳まで・・・という条件で、また私の奮闘が始まるのでした。

 

父は 私の権威・そのものだったのです。 (昨日の写真参)

あっ、余談ですが、オーラソーマで青い色は 男性性や権威と読みます。

そして、写真のもうひとつの意味、解りました?

瓜ふたつ・・・父と私 ですよ! へへへ・・ (笑)

つづく・・・

2013.10.05

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